2011年3月23日水曜日

トラックの第二便


ご支援をいただいた皆様へ

このたびは、物資の提供や労力の提供や義援金の提供をしてくださった日進キリスト教会の近隣の皆様、教会員の皆様、アメリカ国内の皆様、そのほかこの用のために直接的・間接的に携わってくださいました皆様、本当にありがとうございました。

わたしたちは、皆様のお気持ちを3/20(日)の朝に、福島県いわき市の平キリスト福音教会へトラックで運んできました。
平キリスト福音教会は、現在15名ほどのスタッフで、各地から届いた物資を、足が不自由で避難所へ物資を取りに行けない人々、自宅で寝たきりの人々、老人施設、病院などへ訪問し、物資を渡しています。避難所には政府からの救援物資などが届いていますが、彼らの元には、政府や自治体から物資の提供も、安否確認の連絡もありません。彼ら教会スタッフは、物資を届ける際や市内へ出かける際には、行った先の近隣住民へ声を掛けて支援の手が差し伸べられていない人がいないかを丁寧に確認しています。そして緊急に物資が必要な人がいることを知ると、すぐに届けに行きます。また助けの連絡が入れば、昼夜を問わず、すぐに必要物資を持って出かけて行きます。
政府の支援からもれてしまった方々への、こうした活動が、多くの命を救っているのだと思いました。しかし、彼ら教会スタッフは、言います。「我々が何かやろう!と思っても、何もできないのです。このように愛知県の教会から、また全国、全世界の教会からの救援物資などがあるからこそ、我々は活動ができるのです。我々だけでは何もできないのです。物資や励ましのメールを通して、多くの方々が被災地を心配し、祈っていただいていることが分かります。そのことによって、とても励まされ、勇気や希望を持つことができるのです。それは我々だけでなく、この被災地にいる全ての人がそうです!」
彼らスタッフを通して、神様が共におられ、神様を中心に我々が繋がっていること、神様の愛を感じました。
彼らの教会スタッフの支援、被災された方々への支援は今回限りではありません。しかし我々も無理をし過ぎて、支援を継続できなくなることは良くありません。無理せず、少しずつでも継続して、東北の地が復興するまで支援していきましょう。

日進キリスト教会     
ウエイン・ニューサム
神成 紀州
後藤 英之




森先生、ニューサム先生、神成さん


水を取りにくる人

2011年3月22日火曜日

トラックの第一便



東日本大震災 救援活動報告①
報告者 四日市キリスト教会牧師 大竹護

頌主
四日市キリスト教会の皆さま・関係者の皆さまへ。
多くの献品、献金、またご奉仕を心から感謝いたします。日進キリスト教会牧師、スタッフ(ウェイン・ニューサム先生、トム・ウィルソン先生)とともに、東日本大震災で被災された方々のところへ救援物資を届けました。以下、ここまでの経緯を報告いたします。

日本長老教会で最初に被災地に入ったのは、千葉にあります、おゆみ野キリスト教会のチームです。その時は、福島県いわき市にあります同盟キリスト教団の教会に行きました。そこは、いわき市の中でも水が出ない地域で、大変な状況にありましたが、2回救援物資を届けた段階で、その地域には様々な救援物資が入り、同盟キリスト教団の教会メンバーも他地域へ避難となりました。
おゆみ野チームはその後、いわき市にある「平キリスト福音教会」に救援物資を届けるようになりました。この教会は、市から正式にボランティア団体として任命され、自分たちも被災者ですが、避難所、病院、福祉施設に救援物資を届ける働きを始めました。
私と二人のスタッフも、この平キリスト福音教会に物資を届けることをしました。

3月15日(火)
ウェイン先生より、被災地に救援物資を届けたく、物資を集めていると連絡が入る。その段階で、アメリカ人スタッフ3人で向かう予定でしたが、日本人の参加者がいると助かると聞きました。そこで私は自分が行きたいと願いました。
小会を開くことが難しいため、長老の皆さまに電話で連絡、参加する許可を頂く。届けたい物資のリストが届いたのは20時過ぎ。そこから教会員の方に、連絡網で、毛布、上着を中心に集めることを実施。更にこの段階で、ゴスペルクワイヤの方々、ぶどうの家の方々にも連絡が回りました。

3月16日(水)
昼の12時まで物資を募集。急なことなのに大量のものが集まりました。大変感謝です。2tのロングと言われるトラックに、ギリギリ入る量のものでした。
教会に大量の荷物が届く



3月17日(木)
9時にトラックを借りに行く。教会であること、目的を話した結果、法人値引きを受け、通常の価格より非常に安くトラックを借りることが出来ました。
9時半から四日市教会で積み込み。多くの奉仕者の方が手伝って下さいました。
10時に、南警察署へ。緊急車両許可証を申請。取得。前日に行いたいことを詳しく説明したこと。特におゆみ野教会が既に行っている活動に参加するという説明で、申請が通りやすかったと感じています。
トラックへ荷物の積込み



12時に日進キリスト教会へ。ここで一度荷物を降ろし、四日市キリスト教会、日進キリスト教会で集まった荷物のうち、今回持って行くものを選択し、再度荷物の積み込みを行う。日進キリスト教会での積み込み作業の奉仕に加わった方は、教会員の方と、キリスト聖書学園の神学生の方、合わせて30名ほどもいまいした。感謝です。

名古屋スタッフの方々は、これを一度で終わらせるのではなく、今後も継続した活動としたく、その拠点として、日進キリスト教会が使われています。
第一便で積みこめなかった物資。今後、持って行く予定のものも
大量にあります。
日進キリスト教会には、東海テレビの取材クルーが来ていました。
現在、放送されたか未確認です。

平キリスト福音教会の先生から、おゆみ野キリスト教会の先生から、様々な情報が届き、何を優先的に持って行ったら良いのか、情報が錯綜しました。数時間のうちに、情報が変わり、積荷の入れ替えなども行いました。また重量が2tを超えている心配もあり、一度積んだ荷物を、より軽いものに変える作業も行われました。

日進キリスト教会での積込みが終わったのが、16時。そこから出発となります。
3人で運転を交換しながらの移動。高速道路は渋滞が一切なく、順調に進みました。
関東に近づくにつれ、SAの入り口が大渋滞に。これはSAに入るためではなく、SAの給油所への行列。給油待ちが2時間以上、その上、給油制限があるという状態でした。私たちは、緊急車両許可証があったため、優先的に給油可能となりました。いわき市までは、緊急車両でしか通れない高速道路もありました。許可証を取得出来ていなければ、大変なことになっていたと思います。

直接、平キリスト福音教会へ行けば、夜中に着くことになりますが、教会員の方へ迷惑とならないように、茨城県のPAで仮眠をとりました。

3月18日(金)
0時。日付が変わってすぐ、アメリカ人スタッフリーダーから連絡が入る。
アメリカの大使館より、福島原発を中心に半径80キロ以内は避難勧告が出たとのこと。そこで、アメリカ人スタッフをいわき市まで送ることが出来ないとのこと。ウェイン先生もトム先生も、平キリスト教会の先生、教会員と会うことを楽しみにしていたため、残念な情報。
そこで3人で話し合い、半径80キロの外で、一度ウェイン先生、トム先生に降りてもらい、そこから大竹がいわき市へ向かうことに決める。

6時、起床。活動開始。
茨城県、水戸市で一度高速を降り、二人の先生と別行動に。
一人で緊急車両のみ通れる高速を移動。
2tトラックに、2tギリギリの積荷を載せ、道路状態が悪く(そのため緊急車両のみとなっているのだと思いますが)、二人の先生と別れたため、ナーバスになっていましたが、その時山崎先生よりメールが入る。「昨日、教会の連絡網を回しました。皆が祈っています。」このメールで、どれだけ励まされたことでしょうか。皆さまの祈りに、心から感謝いたします。また高速を移動中、おゆみ野教会のトラックとも合流。初めての土地で、安心して目的地へ着くことが出来ました。9時。平キリスト福音教会へ到着。
平キリスト福音教会


森章牧師


この時、おゆみ野教会のトラックが2台。東京グレイスシティチャーチのトラックが1台。私たちのトラックが1台。合計4台で到着となりました。教会の青年たちが、荷物を降ろしの奉仕をして下さっていました。
ここで平キリスト福音教会の牧師、森先生にお話しを聞けました。
現在、いわき市で避難所生活をしている方は約1万人。多くの人が集まる避難所には、救援物資が届きやすいそうですが、100人以下の避難所には物資が届きにくく、今でもおにぎりだけというところがあるそうです。市から正式にボランティア団体として許可を頂きながら、教会として援助活動が出来ることを、喜びとして、働かれていました。
平キリスト福音教会に荷物を届けているのは、3月18日の段階で、おゆみ野教会、東京グレイスシティチャーチ、日進キリスト教会と私たち、だけでした。

家に帰ってから知った情報ですが、いわき市は原発に近いこともあり、他の地域に比べて、援助物資が届きにくい状況にあったようです。その中で、教会が「イエスの御名」で、この活動をしていることに、大きな意義を感じます。

積荷を降ろした後、水戸市まで戻り、ウェイン先生、トム先生と合流。
そこから帰路に着きました。途中、次の輸送のために、物資の買い込みも行い、
日進キリスト教会に戻ったのが、21時。四日市の家に戻ったのが、23時半でした。
ここまでの守りを、心から感謝いたします。

なおウェイン先生、トム先生は、本日(3月19日)の夕方から、再度荷物を積んで、被災地に向かっています。今後の活動のためにも、お祈り下さい。